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日本史必修化の議論

 「二足のわらじ」の続編を書こうと思っていたら変なニュースが入ってきた。政治的な話題に触れたくはないのだが、あんまり滅茶苦茶な議論が罷り通っては困るので、少しだけ。
 神奈川県教育委員会が県立高校で「日本史」を必修化すると言いだし、町村官房長官がそれに好意的なコメントをしたという。ネットのニュースで見ているだけなのだが、付されているコメントの中には見当はずれのものもあるやに思われる。
 まず第一に、このニュースではじめて「日本史」が必修科目でなかったと知った人が多かったようで、そのこと自体が批判の対象になったりしている。ただ、元来「学習指導要領」は指導の参考として作られたもので、法規ではなかった。後に法的拘束力があるという話になってややこしくなるのだが、ここでその議論をするつもりはない。要するに、特定の教科に限った話ではなく(英語でも数学でも同様に)必修科目は最小限にする傾向があるということを確認しておきたい。自分が高校の時には日本史必修だったという方が多いと思うが、それは学校として必修科目にしていただけで「指導要領」的にはずっと必修科目でなかったなのだ。
 最近、「日本史」が必修でなくなった学校は確かに多いと思う。しかし、それは日本の伝統文化を軽視するという意味ではない。土曜が休みになったり、家庭科が男女共修になったり、「総合的な学習の時間」や「情報」などが必修科目に参入してきたりして、必修枠が不足するようになったためである。教育課程は学校ごとに編成するもので、各教科の理想はありながらも、最終的には数合わせで妥協していくしかない。その中で日本史が“譲る”ケースが多くなってしまったのだ。
 「総合的な学習の時間」などは現場のニーズで生まれたわけではない。文部官僚や文教族政治家に押しつけられたものである。日本史履修者が減っているのは、文部省(文部科学省)と文教族の責任である。そういえば町村官房長官は代表的文教族。ひとごとみたいに言っているのは、無責任の極みでないか。
 「日本史」が譲らざるを得なくなっている背景に、「世界史」が必修であることの影響があるのは確かである。ただし、左翼勢力の所為ではない。このときに中心的役割を果たしたのは保守的知識人・木村尚三郎東大名誉教授(西洋史)だった。左翼勢力の牙城みたいに思われていた社会科を解体し、地理歴史科と公民科に分け、そのどさくさに世界史を必修にしてしまった。そのかわり、中学では日本の歴史を学ばせると称して、世界史分野を大幅に削減したのである。
 この方針にもっとも熱心だったのが例の「新しい歴史教科書」である。これを出しているフジ産経グループが高校日本史必修化に熱心なのは、あんまりひどい。この中学教科書では、古代ギリシアの都市国家もイエス=キリストもゲルマン民族の大移動も取り上げられていない。これで高校の世界史必修をはずしてしまうというのは(自国のことを知るのが国際化の第一歩だという主張を認めてもなお)如何なものであろう。
 ちょっと脱線してしまった。話を戻すと、「日本史」が学校レベルで必修からはずれだしたのは、学習指導要領の改訂に問題があって、必修枠が不足したからである。この状態をそのままにしておいて「日本史」を必修にするとどういう事態が起こるか。数学を減らすとか英語を減らすとかはできないだろう。となれば、ねらわれるのは「地理」である。名目的には選択科目として残すとしても、あちこちの学校で地理つぶしが起きることは避けられない。神奈川県の教育長も官房長官も、地理つぶしを目指している訳ではないだろう。というより、そんな事態が起こるとは考えてもいないに違いない。
 先の見えない指導者に率いられているほど不幸なことはないのである。

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